平和・人権・環境福岡県フォーラムと原水爆禁止福岡県民会議が主催する
「被災2年!1000万人アクション福島と連帯!3・11さようなら原発福岡県集会」
に参加しました。
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講演されたのは福島県西郷村(にしごうむら)から、娘さんと一緒に粕屋郡志免町に避難されている鈴木倶會(くうえ)さん。
原発事故から1年経っても放射線量は下がらず、風や雨によって高くなる日もある。
洗濯物も布団も外に干せない窓も開けられない。
高いお金を払って線量計を購入。
3・11以降、身体も心も深い傷を負い、それも始まったばかり。
日々見たこともない聴いたこともない「恐れ」の連続。
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そのような辛い話を、昨年2月、社民党自治体議員福岡県会議のメンバーの一人として訪れた福島第一原発周辺の町並みや田畑、避難された人々の話を思い出しながら聞きました。
そのうちの一人、原発から15㎞の老人通所介護施設に勤務していた佐藤努さんは、事故発生の翌日、バス2台と車で家族と約30人のお年寄りを連れて、「とにかく南へ南へ」と避難。
途中のいわき市等で数人ずつのお年寄りを介護施設等に頼みながら南下。
5人のお年寄りと千葉県市原市の老人ホームにたどり着いたのは5日後だったと話され、「原発災害の当事者として、人間として、子どもの将来のため、訴えていきたい」と話されていました。
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避難の途中、50名のお年寄りが亡くなった双葉病院(2012年2月2日撮影)
東日本大震災・福島原発事故から2年が経過し、福島県では15万人が避難生活を余儀なくされ、生活・健康・将来不安は計りしれません。
また、原発の事故は未だ収束にほど遠い現状で、今も放射能物質は拡散し続けています。
安倍首相は、民主党政権が国民的議論を経て策定した「革新的・エネルギー環境戦略」をゼロベースで見直すと明言しました。
前政権が策定した「戦略」は、脱原発の実現を2030年代とする等、不十分な点はあるものの、国民的議論の上にたったものであり、政権交代によって無視することはできないはずです。
もう一度、3・11直後の思いを共有することの重要性とともにエネルギー政策の抜本的見直しや放射性廃棄物の処分問題等、「脱原発基本法」の必要性をあらためて考えさせられた集会でした。