8月19日、福岡市役所講堂で、第47回板付基地返還促進協議会定期総会が開催され、
「板付基地の全面返還促進と福岡空港を軍事利用させない運動の実施」等
の本年度の運動方針と役員が決定・承認されました。
この協議会は、会長に市議会議長、副会長に校区自治協議会代表と東区男女共同参画連絡協議会代表、事務局次長に連合福岡地域協議会の役員が就任する等、福岡市や市議会を含め、全市をあげて板付基地の移転促進を図ることを目的に朝鮮戦争後の1955年に設立された団体です。
総会に先立つ11日には、中学校社会科サークルのみなさんによる「板付基地」フィールドワークに同行しました。
月隈公民館の元館長さんから、福岡空港が戦後「イタヅケ・エアーベース」と呼ばれていたこと、
アメリカ軍が使用していた1949年、東光中生徒が米軍機からの燃料引火によって亡くなる事件をはじめ、民家(東区二又瀬)への墜落死亡事故、九州大学への墜落事故等、多数の墜落・住民死亡事故が起きたこと、
そして、戦前、「反対する人は非国民、国賊である」といわれ実り豊かな田畑が強制収用され「席田飛行場」が建設された等の話を聞きました。
現在、これまでの運動の成果により、基地の約95%が返還されましたが、福岡空港西側一部に米軍施設、背振山頂に米軍用地が残されています。
また、滑走路を地位協定2条4項の適用による一時使用区域として留保しているため、1週間に1機の割合で米軍機が飛来しています。
今後オスプレイの飛来も想定されます。
100%返還を求め、議会と行政、市民一体となった運動を進めていかなければなりません。
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空港東側に残る掩体壕跡(月隈小近く)